「なんか良い」としか言えなかった3年目のこと
20代後半、Webデザイナー3年目くらいの頃です。クライアントレビューで「このサイト、なんか高級感ありますよね」と先方の部長に言われました。私は満面の笑みで「ありがとうございます」と返した。次の瞬間、ディレクターから「で、どこが高級感なんですか?」と振られて、頭が真っ白になりました。
その時の私は「いや、なんか全体的に……」と口籠もって、最後は「フォントとか、余白とか、そういうのです」みたいな曖昧な答えで終わりました。レビューが終わった後、ディレクターに「あれ、お客さんが言ってくれてたから良かったけど、自分でも説明できるようにしておいたほうがいいよ」と言われた。耳が熱くなった瞬間を、いまでも覚えています。
あれから17年。Web制作の現場で痛感したのは、「なんか良い」をそのまま放置しておくと、確実に修正地獄に巻き込まれる、ということでした。逆に「高級感って具体的に何?」を分解できる言語化トレーニングを続けてきたデザイナーは、レビューで通る確率が体感で3倍くらい変わります。この記事は、その分解の練習方法を、3年目の私自身に向けて書いたつもりで整理した話です。

「言語化スキル」って書くと教科書っぽいですが、現場ではもっと泥臭くて、「迷子にならないための地図を自分で作る作業」って感じです。集中しすぎて何を作ってるかわからなくなった時、立ち戻れる場所になる。これが一番デカいです。
デザイナーに言語化トレーニングが必要な3つの理由

「言語化、たしかに大事ですよね」までは皆さん同意してくれます。でも実際に練習を始める人は10人に1人もいません。理由は「重要性が抽象的だから」だと思っています。なので、現場で実際に起きる3つの場面に絞って書きます。
① クライアントとの認識ズレを減らす
クライアントは抽象語で発注してきます。「スタイリッシュに」「もっと印象的に」「シュッとした感じで」。この言葉を、デザイナーが自分の中で分解しないままFigmaを開くと、ほぼ確実にズレます。
例えば「高級感」と言われた時、私の中では「①明度の低い色」「②セリフ系のフォント」「③余白を広く取る」「④動きを少なく」の4要素に分解する癖がついています。クライアントが思っていた「高級感」が「ゴージャス寄り(金色・装飾)」だった場合、自分の分解と全くベクトルが違うので、初稿を出す前に「分解した4要素を合わせてみてもいいですか?」と一度確認できる。手戻りが減ります。
② チームで共通言語を持てる
個人で完結する案件なら、自分の中で分解できていれば成り立ちます。でもチーム制作になると、エンジニア・コピーライター・ディレクターと「同じ言葉」で議論する必要が出てきます。
17年やってきて、エンジニアと一番揉めるのは「ここ、もうちょっといい感じに動かして」みたいな依頼でした。「いい感じ」が定義されていないから、エンジニアは「ease-in?ease-out? duration何ms?」と質問が止まらない。言語化トレーニングを積んだあとは「ease-out 300ms、distance 8px、軽い浮上感」と渡せるようになり、コミュニケーションコストが体感で半分以下になりました。
③ 未来の自分が判断を再現できる
これは意外と気付かれない理由なんですが、最大の受益者は未来の自分です。半年前に作った案件のメインカラーを、なぜブルーグレーにしたのか思い出せないことが、私は何度もありました。Figmaのコメントに「信頼感」とだけ書いてあっても、その「信頼感」が何を意味してたのかが復元できない。
言語化を残しておくと、半年後に「あの時は明度45-55%のブルーグレーで、フォントは可読性優先で游ゴシック、装飾は最小限。理由は『地方の不動産会社で堅実さを売りたいから』」と再現できる。これが、長く同じ案件を回す時には地味に効きます。
言語化トレーニングの具体的な5つの方法

ここからは、実際に私が17年間やってきた言語化の練習方法です。座学ではなく、明日からFigmaを開いた瞬間に1つだけ試せるレベルに落としました。全部やらなくていいです。1つだけ選んで2週間続けるのが、一番続きます。
① 形容詞を3段階で分解する
これが一番効きました。「高級感」「安心感」「スピード感」「柔らかさ」みたいな抽象語が出てきたら、必ず3段階で分解する癖をつける。
「高級感」の例:
第1段階:落ち着き、ゆとり、洗練
第2段階:明度が低い色、余白が広い、フォントに装飾性
第3段階:#2C3E50(濃いブルーグレー)、行間1.8、Noto Serif JP、padding 80px以上
第3段階まで降りてくると、具体的なFigmaの値が出てきます。クライアントには第1〜2段階で確認を取り、第3段階は自分の手の内に残す。これがハマると、レビューでの「なぜこの色?」に5秒で答えられるようになります。
② デザインメモを残す(Figmaコメントで十分)
Notionや専用ノートを用意する必要はありません。Figmaの該当箇所にコメント機能で1〜2行残すだけで十分です。私の場合、メインカラーを決めた瞬間に「#2C3E50 / 信頼感(明度低)+モダン感(彩度低) / ターゲット40代男性経営者」みたいに残しています。
このメモは、3ヶ月後の修正フェーズで自分を救います。「なんでこの色だったっけ」と悩む時間がゼロになる。クライアントに改めて確認される時にも、コメントを開いてそのまま読み上げればいい。
③ プレゼン前提で作業する
これは思考の癖を変える練習です。Figmaで要素を1つ置く時に、「これ、明日のレビューで聞かれたらどう答えるか?」と一瞬だけ自問する。最初は鬱陶しいですが、3週間くらいで自動化します。
面白いのは、答えられない要素があると、その要素自体が「実は不要だった」ことに気づく場合が多いことです。装飾、余白の歪み、無意味なグラデーション。説明できない要素は、たいてい削っても問題ない。
④ フィードバックを丁寧に翻訳する
クライアントから来るFB(フィードバック)は、ほぼ100%抽象語です。「もう少しポップに」「ちょっと違う」「もう一段階インパクトを」。これをそのまま受け取らないのが言語化トレーニングです。
受け取ったらまずSlackやメモに「『ポップに』= ①色相を増やす?②彩度を上げる?③フォントを丸くする?④動きを足す? どれが優先ですか?」と返す。慣れないうちはしつこく感じられるかもしれないと心配になりますが、私の経験上、クライアントはむしろ「丁寧に聞いてくれて助かる」と歓迎してくれます。
⑤ SNSやブログで発信する
最後の方法は、外に出すことです。Xに140字でいい、ブログに500字でいい、自分が作った画面の意図を書く。誰かに読まれることを前提にすると、言葉の解像度が一段上がります。
2026年時点で私はrkpg.netとXで継続的に発信していますが、振り返ると、ブログを書き始めてから言語化スキルが3倍くらい伸びた感覚があります。「書く」ことが「考える」ことを引き上げる。これは認知科学で「外化(externalization)」と呼ばれている現象で、頭の中だけで考えるより、外に出したほうが思考が整理されることが研究でも示されています。

5つ全部やる必要はないです。①の3段階分解だけでも、現場の質は確実に変わります。私自身、最初の半年は①しかやっていませんでした。
言語化トレーニングで失敗した話 ―「分解しすぎて伝わらなかった」

言語化に取り組み始めて2年目くらいの頃、逆方向の失敗をしました。分解しすぎて、誰にも伝わらなくなったんです。
地方の食品メーカーのリニューアル案件で、クライアントへのプレゼン資料に「メインカラー: #4A6B3A / 補色: #C9A87C / 明度差ΔL*= 24 / コントラスト比 4.8:1 / ターゲット視認性WCAG AA準拠」みたいな表記を並べました。自分としては「ちゃんと根拠を持って選んでます」と示したかった。
結果、クライアントの社長が黙ってしまいました。30秒くらい沈黙が続いて、「うん、まあ、いいんじゃないかな」とだけ言って次に進んだ。あれは、明らかに「何を言っているのかわからないからスルーした」反応でした。
その帰りに、自分の中で言語化の使い分けが整理されました。第1〜2段階(抽象語+理由)をクライアントに、第3段階(具体的な数値・タグ)は社内とFigmaのコメントに。これが分けられてからは、レビューが詰まらなくなりました。
言語化は「全部を相手に渡すこと」じゃなく、「相手の理解できる粒度に降ろすこと」なんだと、この失敗から学びました。これは「フレームワーク思考」とも近接していて、相手の文脈に合わせてクリティカルシンキングで前提を疑う感覚と組み合わせると、さらに精度が上がります。
5つのビジネスフレームの中での位置づけ
この記事で扱った言語化トレーニングは、私が17年の現場で使い込んできた5つのビジネスフレームのうちの④番目にあたります。残りの4つは以下です。
- ① クリティカルシンキング ― 前提を疑う、思い込みを外す
- ② ロジカルシンキング ― 構造化、因果関係の整理
- ③ フレームワーク思考 ― 既存の型を使って手を動かす
- ④ 言語化(この記事) ― 抽象を具体に降ろす
- ⑤ SMART法則 ― ゴール設定の解像度を上げる
面白いのは、5つは独立しているように見えて、実は鎖のように繋がっていることです。クリティカル(①)で「本当にこれでいい?」と問い、ロジカル(②)で構造を整理し、フレーム(③)で型に当てはめ、言語化(④)で他者に渡せる粒度に降ろし、SMART(⑤)でゴールを定義する。この流れの中で、言語化は「自分の判断を、他者と未来の自分に渡す」工程を担っています。
5つ全体の使い分けや、私が17年でハマった失敗パターンは、ビジネスフレームワークでデザインが変わる|5つの判断軸でまとめています。クライアントレビューで「なぜこの色?」に答えられない若手Webデザイナーの方は、この全体像から入ったほうが効率がいいかもしれません。
まとめ ― 明日から1つだけ始める言語化トレーニング

言語化トレーニングは、センスや経験の話ではありません。練習すれば誰でも伸びる「技術」です。3年目の私はそれを知らずに「自分はデザイナーに向いていないのかも」と本気で悩みました。同じ場所で詰まっている人がいたら、まず1つだけ試してほしいです。
- 明日のレビューに出す画面で、「高級感」「安心感」みたいな抽象語が1つあるはずです
- それを3段階で分解してメモする(Figmaコメントで十分)
- レビューで聞かれたら、第1〜2段階で答える。第3段階は社内資料用にとっておく
これだけです。2週間続けてみて、レビューの通り方が変わらなければ、私のやり方が合わなかっただけなので、他の練習方法を試してください。ただ、私自身の体感と、これまで一緒に働いてきた若手デザイナーを見てきた限り、2週間で何かしらの変化は出ます。「あ、これでいいんだ」と思える瞬間が、たぶん来ます。
言語化が「伝えるための道具」だけじゃなく「自分の判断を未来に残すための道具」だと気づけると、デザイナーとしての立ち位置が一段変わります。よかったら、明日のFigmaから始めてみてください。
参考文献・関連記事
- ビジネスフレームワークでデザインが変わる|17年の現場で使う5つの判断軸 ― 言語化を含む5フレームの全体像(pillar記事)
- 説明が苦手なデザイナーのためのロジカルシンキング ― 言語化と隣接する「構造化」の技術
- 確証バイアスとデザイナーの判断ミス ― 言語化の前段にある「前提を疑う」技術
- AI時代のクリエイター・デザイナーのキャリア観 ― 言語化スキルが効くキャリア文脈
言語化を Web 制作現場の判断軸として使う技術は、こちらの pillar 記事でまとめています。
→ 言語化を含む5つのビジネスフレームワーク全体像
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「自分の強みは何か」が、見えなくなる時期があります。
診断を受けても、本を読んでも、「結局どう動けばいいか」が分からない。考えるほど止まる。これは個人クリエイターによくある状態です。
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