「とにかく問い合わせを増やしたい」とだけ言われて始まった案件のこと、私はいまだに思い出します。Web制作17年で何度も繰り返した失敗ですが、当時の私はこの一言から「具体的に何にすべきか」を引き出せなかった。目標設定 SMARTという言葉自体は知っていたのに、ふわっとした要望のまま手を動かして、3稿目で「やっぱり違う」と言われる。
この記事は「曖昧なゴールで終わらないデザイン現場」を作るための話です。SMART法則を、教科書的な5要素の暗記ではなく、クライアントの「問い合わせ増やしたい」を判断基準に変える技術として書きます。私自身、この型を意識し始めてから、デザインを終わらせられるようになりました。
「問い合わせ増やしたい」だけで始まった案件のこと
5年目の頃、BtoBサービス会社のサイトリニューアル案件で、初回ヒアリングで先方役員から出てきた要望はたった一言、「とにかく問い合わせを増やしたい」でした。私はそれをノートに書いて頷き、持ち帰ってデザインに入った。
初稿「もう少し信頼感を」、2稿目「やっぱりもっと刺さる感じに」、3稿目「最初の方が良かったかも」。色3回、フォント2回、CTA文言5回。半月かけて着地したのは初稿に近いものでした。

あのとき気づいたのは、自分のデザイン力の問題じゃなくて「ゴールが曖昧だから判断できない」問題だった、ということです。
「問い合わせを増やす」は願望でした。月に何件か、現状から何%増やすのか、いつまでに、誰からの問い合わせか——どれも合意できていない。だからレビューのたびに感想ベースで会話が走る。センスや経験ではなく、案件最初に目標を具体化できていない構造の問題でした。
これ以降、私は案件の最初に必ず目標設定 SMARTで言葉を分解するようになりました。「問い合わせを増やしたい」を「月20件・CVR1.5%・3ヶ月以内」まで分解する。そうするとデザインの判断基準が生まれ、色も、フォントも、CTAも、ゴールから逆算して選べるようになります。
SMART法則とは|1981年Doran論文の原典と現在の定着版
SMART法則は、目標を5つの要素で具体化するフレームワークです。George T. Doran が1981年に Management Review 誌で発表した論文が原典で、原典では S=Specific, M=Measurable, A=Assignable, R=Realistic, T=Time-related。現在広く流通しているのは A=Achievable, R=Relevant の組み合わせで、こちらが定着しています。本記事は現在のデザイン現場で使う定着版を前提に書きますが、原典の Assignable(誰が責任を持つか)の精神は後半で改めて使います。
SMART法則で目標を分解する5つの要素|デザイン現場の翻訳付き
ここからは、SMART法則の5要素を、私が「問い合わせ増やしたい」案件を分解した実際の流れに沿って、デザイン現場の言葉に翻訳していきます。
S – Specific(具体的)
「問い合わせを増やす」は具体的ではありません。「BtoBサービスの資料請求を、サイトリニューアル後に増やす」まで絞ると、デザインの方向性が見え始めます。誰が、何を、どこで増やすのかを言葉にする。これだけで、画面に必要な要素(実績紹介、導入企業ロゴ、料金感、CTA配置)が決まっていきます。
コツは「主語」「目的語」「場所」「タイミング」の4つを必ず言葉にすること。「サイト訪問者からの資料請求を、TOPページのCTAを通じて、月単位で」まで来ると、デザイン判断ができるようになります。
M – Measurable(測定可能)
「増やす」だけでは測れません。私が出した質問は2つ。「いま月に何件来てますか」「3ヶ月後にいくつまで持っていきたいですか」。先方からは、現状月5件、3ヶ月後に月20件、と返ってきました。これでようやくゴールが数字になります。
もう一つ重要なのは、CVRも計測軸に入れること。「月1,300セッション × CVR1.5%」のように分解できると、デザインの責任範囲が「CVR1.5%を作るための画面設計」と明確になります。流入を増やすのはSEO/広告、CVRを上げるのはデザイン、と切り分けられる。
A – Achievable(達成可能)|原典では Assignable
定着版の Achievable は「現実的に届くか」を見ます。月5件をいきなり月100件は無理筋。月20件はCVR1.5%×想定流入から届く、と判断して合意。ここで原典の Assignable の精神も併用し、「CVR1.5%を作る画面設計はデザイナー、SEO/広告は別担当」と責任範囲に線を引く。これをやらないと「なぜ問い合わせ増えないの?」が全てデザインの責任にされます。
R – Relevant(関連性)|原典では Realistic
Relevant は「事業ゴールと整合しているか」を見ます。月20件の問い合わせから受注率(例:10%)と平均受注単価で売上目標と照合する。事業ゴールから切り離された目標は達成しても評価されません。ヒアリングで「その問い合わせ増加で、最終的に達成したい売上は?」と踏み込めるようになります。詰まったところからが本当の目標設定です。
T – Time-bound(期限)
「いつまでに」がないと、目標は願望のままです。私が合意したのは「公開から3ヶ月以内に月20件達成」。期限が決まると優先度も決まり、短期で成果を出すには実績紹介とCTAを最優先で改善する、という判断ができる。さらにマイルストーンを刻むこと。「1ヶ月後:月10件、2ヶ月後:月15件、3ヶ月後:月20件」と区切ると、毎月の振り返りで軌道修正できます。
SMART法則でデザインの判断基準が生まれた話
「問い合わせ増やしたい」を「月20件・CVR1.5%・3ヶ月以内」まで分解すると、デザインの判断基準が一気に変わります。私が実際にやった変化を、3つだけ書きます。
① 色の選定が「数値根拠」で説明できる。BtoBサービスのCVR1.5%を作るには信頼感トーンが必要、と判断できるから、メインカラーは彩度を抑えた紺色系。「なぜ青?」に「CVR1.5%を作るために信頼感トーンを、コントラスト比4.5:1以上で選びました」と答えられる。
② CTAの配置と文言が逆算で決まる。月20件・CVR1.5%なら月1,300セッション想定で、TOPページ離脱率を3割以下に抑える必要がある。文言も「資料請求」より「導入事例つき資料を3分で読む」のような具体性を選ぶ。判断基準が数字から逆算されている。
③ レビューでの修正依頼を、目標から判定できる。「もっと刺さる感じに」と言われたとき、「刺さる感じ」が月20件達成に寄与するかを問い直せる。「感想」ではなく「目標への寄与」で議論できると、デザインを終わらせられるようになる。これが一番大きい変化でした。
SMART単独では作れない「なぜそう判断したか」の語彙は、他のフレームから補えます。確証バイアスとデザイナーの判断ミスや説明が苦手なデザイナーのためのロジカルシンキングと併用するのが私の現場運用です。
SMART設定したのに続かなかった話|失敗から学んだ補強
正直に書きます。私もSMARTを使い始めた最初の半年は、設定したのに続かない案件が結構ありました。「月20件・CVR1.5%・3ヶ月以内」と合意したのに、2ヶ月後にはその目標が誰の頭からも消えている、という現象が起きました。
原因を振り返ると、3つに整理できます。
① 目標を「貼る場所」を決めていなかった。Slackや議事録に書いて終わりにしていた。3日経つと流れます。いまは、案件のFigmaファイルのカバーページに必ず「目標:月20件・CVR1.5%・〜2026/08末」と書いて、レビューのたびに視界に入れています。
② マイルストーンを刻んでいなかった。区切りがないと最後の月まで放置されます。月1のレビューで必ず「いま何件?」を確認する仕組みにしないと、目標は願望に戻る。
③ 達成不能になった時の更新ルールを決めていなかった。2ヶ月目で無理だと分かったとき、「半年で月20件」に再設定するか、CVR目標を下げるかの判断軸がなかった。いまは「月次レビューで未達なら、その場で次月の数字を再合意」を運用ルールに入れています。SMARTは設定して終わりではなく、更新し続けるものです。
この3つを潰してから、SMARTで設定した目標が形骸化しなくなりました。フレームを知っているだけでは続かない、運用込みで設計しないと使えない、というのが私の体感です。
5つのビジネスフレームの中での位置づけ
SMART法則は単独でも使えますが、私はWeb制作17年の現場で使う5つのフレームの中の「⑤目標を具体化する」担当として運用しています。残り4つは、①クリティカルシンキング(前提を疑う)、②ロジカルシンキング(構造で説明)、③フレームワーク思考(型で整理)、④言語化(伝わる言葉へ翻訳)。
5つの関係は「①〜④で判断の土台を作り、⑤で目標を具体化する」。この流れを意識すると、案件最初の30分でデザインの方向性が見えるようになります。フレームワーク思考の話は問題解決フレームワークの基本でまとめています。SMARTは目標を扱う型なので、特に「終わらせる」ための独立フレームとして使う、というのが私の整理です。
まとめ|次のキックオフで使えるSMARTの1ステップ
- SMART法則は「目標自体の質」を測るフレーム。Specific/Measurable/Achievable/Relevant/Time-bound の5要素で分解する。
- 原典(Doran 1981)では A=Assignable, R=Realistic だったが、現在は A=Achievable, R=Relevant が定着している。
- 「問い合わせ増やしたい」を「月20件・CVR1.5%・3ヶ月以内」まで分解すると、色・CTA・レビューの判断基準が生まれる。
- 設定だけでは続かない。「貼る場所」「マイルストーン」「更新ルール」の3つを運用に組み込むこと。
- 5つのビジネスフレームの中では「⑤目標を具体化する」担当。①〜④で土台を作り、⑤で終わらせる。
次のキックオフで「とにかく問い合わせを増やしたい」と言われたら、その場でノートに5つの欄を書いてください。「主語」「目的語」「数値」「期限」「事業ゴール整合」。これを埋めるまで帰らない、と決めて1案件試す。SMART法則の真価は、暗記ではなく現場での1回目の使用に出ます。
参考文献
- Doran, G. T. (1981). There’s a S.M.A.R.T. way to write management’s goals and objectives. Management Review, 70(11), 35-36.(原典:A=Assignable, R=Realistic)
SMART法則を Web 制作現場の判断軸として使う技術は、こちらの pillar 記事でまとめています。
→ SMARTを含む5つのビジネスフレームワーク全体像
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