「もっと良くしなければ」「何かが足りていないはず」——健康について調べれば調べるほど、そんな声が頭の中で大きくなっていく。
情報を集める。
試してみる。
でも「これで大丈夫」という感覚はなかなか訪れない。
むしろ知識が増えるほど、「まだやれることがあるのでは」という気持ちが強くなっていく。
そんな経験はありませんか?
この記事は、健康のために頑張り続けることに少し疲れを感じている方に向けて書いています。
情報が増えても安心が増えない理由

健康に関する情報は、世の中にあふれています。
食事、運動、睡眠、サプリメント。
調べれば調べるほど「これもやったほうがいい」「あれも気をつけたほうがいい」という項目が増えていきます。
そして、ひとつ改善するたびに「次はこれ」「まだ足りない」という声が聞こえてくる。
改善しても、安心できる瞬間が来ない。
これは情報が間違っているからではありません。
むしろ正しい情報だからこそ、際限がなくなっていくのかもしれません。
健康診断の結果を見るたびに、少し気になる項目を見つけては「何とかしなければ」と思う。
健康データを「視点」として見るという考え方を知っていても、つい評価モードに入ってしまうことがあります。
「変えること」だけが正解ではない

精密栄養学と向き合う中で、私はひとつの気づきを得ました。
「変えなくてもいいものがある」ということです。
数値を見て、体感を言語化して、自分の状態を理解する。
正常範囲と体感のズレについて考えることで、「自分にとっての正常」が見えてきます。
でも、理解が深まった先には「では何を変えればいいのか」という問いだけでなく、「これは変えなくてもいいのではないか」という問いもあるはずです。
私たちは無意識のうちに、「改善すること=正しいこと」「変えないこと=怠けること」という図式を持っているのかもしれません。
でも、本当にそうでしょうか?
心理学の研究によると、行動変容には「維持期」という正当なステージがあります。
6ヶ月以上良い習慣を続けることは、新しい変化を起こすことと同じくらい価値があるとされています。
変わらないことは、怠けではない。
続けていること自体が、立派な達成なのです。
「変えなくていいもの」を見つける3つの問い

では、どうすれば「変えなくていいもの」を見つけられるのでしょうか。
私が自分に問いかけている3つの質問をご紹介します。
1. これは不安からやっていないか?
ストレスを「サイン」として読むという記事でも触れましたが、行動の動機が「不安」なのか「理解」なのかで、意味合いは大きく変わります。
「やらないと不安だからやっている」ことと、「これが自分に合っていると理解してやっている」ことは、外から見ると同じでも内側の感覚はまったく違います。
不安から続けていることは、一度立ち止まって問い直してみる価値があるかもしれません。
2. やめたら本当に困ることなのか?
習慣になっていることを「やめる」のは怖いものです。
でも「やめたらどうなるか」を具体的に考えてみると、意外と大きな問題にはならないことも多いです。
隠れた完璧主義という記事で書いたように、私たちは「準備が整ってから」「もっと良い方法があるはず」と考えて行動を遅らせてしまうことがあります。
逆に、「やめたらどうなるか」を考えずに続けていることも同じ構造なのかもしれません。
「とりあえず続けておかないと」という気持ちが、本当に必要なものを覆い隠していることがあります。
3. 「これで十分」と思える瞬間はあるか?
研究によると、「これで十分」と思える人(心理学では「満足型」と呼ばれます)は、「もっと良い方法があるはず」と常に探している人(「最大化型」)よりも幸福度が高い傾向があるそうです。
最善を求め続けることと、十分だと感じられることは、どちらが「正しい」というわけではありません。
でも「十分」と思える瞬間がまったくないなら、何かを見直すサインかもしれません。
変えない=怠けではない、という立ち位置

ここまで読んで、「でも、変えないことを選んだら怠けているように感じる」と思った方もいるかもしれません。
その気持ちは、とてもよくわかります。私自身、「もっとやれるはず」「まだ改善の余地がある」という声と、ずっと付き合ってきました。
でも、セルフコンパッション(自分への優しさ)に関する研究では、自分に厳しくするよりも自分を許容できる人のほうが、実は心理的健康が高い傾向があるという結果が出ています。
意志ではなく仕組みで続けるという考え方と同じで、「頑張る」「我慢する」よりも「これでいい」と思える状態のほうが、結果的に持続しやすいのです。
変えないことを選ぶのは、諦めではありません。理解した上での選択です。
理解した上で選ぶ、という自由

精密栄養学を学んできて、体調管理の本質は数値の「最適化」ではないのかもしれない、と感じるようになりました。
自分の体を正確に理解した上で、何を変えて、何を変えないかを、自分で選ぶ。
それが、データと体感の両方に向き合うことで得られるものではないでしょうか。
「変えなくていいもの」を見つけることは、努力を放棄することではありません。
むしろ、限りあるエネルギーを本当に変えたいものに向けるための選択です。
「まだ足りない」という声から、少しだけ距離を置いてみる。そんな時間があってもいいのかもしれません。
この記事は個人の経験に基づく視点の共有であり、医療・栄養に関する専門的なアドバイスではありません。
健康上の懸念がある場合は、必ず医療専門家にご相談ください。

